|
|
|
|
学芸中高で保健・体育教諭及び柔道部の監督や師範を長く務められた門田幸延先生が、令和3年2月、69歳で亡くなられました。
門田先生は高知商業高校卒業後、国士館大学に進学し、強豪柔道部のレギュラーとして活躍。昭和49年から学芸中高の柔道部監督に就き、県内で屈指の強豪校に育てました。指導者として選手を育てる傍ら現役も続け、国内最高峰の大会である全日本選手権に3度出場するなど、高知県柔道界の発展に尽力した巨星と呼ばれる存在です。
先生の死後、先生への思いや感謝の気持ちを形に残そうと、先生を恩師と慕う柔道部の教え子有志が追悼文集の作成を企画し、編集委員会を結成。柔道部OBを中心に賛同の輪が広がり、多くの寄稿と寄付がよせられ、門田先生の一周忌にあたる今年2月に追悼文集が完成しました。
文集は、全国各地の教え子約50人からの追悼文のほか、門田先生の在りし日のさまざまな場面での写真、柔道家としての栄光の記録などを収録し、全168ページで構成されています。「柔道家 門田幸延」の存在を後世に記す貴重な一作になったと自負しています。
完成した追悼文集はまずご家族に贈呈しました。編集委員会のメンバーがご自宅を訪問し、代表して柔道部OB会会長を務める岡西穣氏(18期)から奥様へ文集を手渡しました。追悼文集の作成と併せて計画していた「偲ぶ会」の開催は残念ながら新型コロナ禍の影響で叶わなかったものの、無事に文集を作り終え、ご家族の手にお渡しすることがで、門田先生とのお別れに一つの区切りをつけることができたと実感しました。
文集は、教え子や柔道関係者に寄贈したほか、「柔道の聖地」講道館にも贈呈しました。講道館を訪問する大役を果たしたのは、門田先生の監督時代最後期の「愛弟子」的存在である西森大氏(34期)と中田善久氏(35期)。門田先生の意志を継ぐように現在も柔道界に深く関わる両名が上村春樹館長(1976年モントリオールオリンピック柔道無差別級金メダリスト)に追悼文集を手渡し、上村館長は、文集に掲載してある優勝大会での思い出の話などに触れ、「惜しい人を亡くしましたね。でも門田はこんなにも素晴らしい文集を教え子に作ってもらって、喜んでいると思う」と偲び、哀悼の意を述べられました。門田先生の足跡が講道館柔道の歴史にも刻まれ、語り継がれていきます。
今回の追悼文集の作成について、縁あって、その取り組みが高知新聞に掲載され、より多くの方に知られる機会となりました。門田先生が担任されたクラスの生徒の方々からの連絡などもあり、「私も追悼文集を読みたい」という多くの反響がありました。おかげさまで、追悼文集を読んでいただいた方からは、「涙が出てきた」「これほどまでの内容とは思っていなかった」などの高い評価のお声をいただいています。
追悼文集の作成を通じて、柔道部OB同士の連帯・絆が以前に比べ一層強くなったように思います。教え子ができる「せめてものご恩返し」として始めた追悼文集の作成でしたが、出来上がった文集を手に取ると、不思議とこれも門田先生に与えてもらったご恩のように思えてきます。この文集の存在が、教え子にとって今後の人生を歩む上で大きな心の支えとなるはずです。
|
|
高知学芸柔道部OB会 事務局 西森 |
|
|
|
|
追悼文集 |
|
門田先生(選手時代) |
|
|
|
|
門田先生 |
|
門田先生 |
|
|
ご家族へ贈呈 |
|
|
講道館へ贈呈(左から中田善久氏(35期)、上村春樹館長、西森大氏(34期)) |
|
|